meihaseedのナビゲーターとして
動画を試しに録画していました。
正直に言うと、
meihaseedが「何なのか」は、
まだはっきりとは分かっていません。
スピリチュアルを否定するわけではないけれど、
これが何なのかも分からないまま、
誰かを案内するってどうなんだろう、
そんなことを思いながらの試し撮りでした。
だから、
自信満々に話していたわけでもなくて、
どこか探り探りだったと思います。
昔からコンプレックスだった、
たどたどしい話し方や、
少し低くて通りにくい声。
「ちゃんと話さなきゃ」
「うまく伝えなきゃ」
そう思うほど、
自分が小さくなる感覚がありました。
でも、不思議なことに。
そのままの私を、
ちゃんと見て、認めてくれる場所がある。
それが、
少しくすぐったくて、
同時に、少しだけ安心でした。
最近、
もうひとつ気づいたことがあります。
自分が大切に思っていた人から、
同じように「大切」という気持ちを
返してもらっていなかった、
ということでした。
気づいた瞬間は、
正直、落ち込みました。
でも、
怒りや悲しみというより、
「ああ、そうだったんだな」
という静かな感じでした。
すぐに割り切れるわけでもなく、
すぐに前向きになれるわけでもない。
ただ、
少しずつ「しょうがない」と
折り合いをつけていくんだろうな、
そんなふうに思っています。
自分を大切にすることは、
誰かを否定することでも、
逃げることでもなくて。
ちゃんと、自分の今の位置を知ること。
それだけなのかもしれません。
meihaseedの「波」は、
まだ分からないままです。
でも、
分からないなりに立ち止まって、
無理に進まない選択をしたこと。
それ自体が、
今の私にとっては
大切な一歩だった気がします。
このブログは、
答えを書く場所ではありません。
今、ここにいる自分を
そのまま置いておく場所。
今日は、
そんな記録です。

